2020/09/16

photos

i still take photos (not as a photographer) of my works.

in need of my woodworking job. 

both the moment of taking pics and the moment of viewing them, 

i often go down deep of myself. the moment i love and hate.

completely different from the moment of woodworking, kind of peaceful, i guess.


but i know, all the things i learned in my life will come together. someday.

 



最近は仕事用の写真をちょくちょく撮る。

ので、参考に以前好きだった写真家のサイトも見てみる。

昔の(写真をやってた頃の)感覚を思い出してしまって、なんかソワソワ。






あの頃は、言葉にならなかった自分の中の焦りとか妬みとか。

体のなかに湧いてくるのがなんとなく感じ取れる、今は。

今はなんとなく自分がどう感じているのか、が俯瞰的にわかる気がする。


そして、昔と同じように今もドキドキしている。


木工やってる時の感覚とは全然ちがう。


今、撮ってる写真をみてみたら

昔の写真とは違うかな。なんとなく。






















なにをやるにせよ、やってること考えてることは

いつか一つになる、と。


誰かに言われた言葉をずっと噛み締めてる。


死ぬまでにひとつになるといいなあ。



2020/05/21

appreciate what you have now.

3月 暗鬱な日々がつづき
4月 気分がおちこむ


世界中がそうなのだろう
と同時に
世界中になんとかせねば、と
思うひとびともいる。


ならばいまの自分になにができるのか、
と考え出す余裕ができて
アイデアがひとつふたつと浮かぶごとに
気が晴れていく。

自分がいま欲しいもの、
『せめて食事の時間くらいは心から安らぎたい。
あと微細でもいいから刺激。』
を作ろう。


カフェでキッチン用品の展示販売会。
早い方がいいだろう。
準備できてないけど。

歩き出して走り出して息が切れて。
それでも数ヶ月ぶりに、生活してる実感が。

動き出してからも
思い悩む時間が増える

自分の行動は正しいのか。
自分の思いはすこしでも伝わるのか。

とりあえず今、悩んで考えるきっかけと時間がとてもありがたい。

今あるものに感謝。

ああ、ひさしぶりに思い出した言葉。









2020/01/12

patience ?


我慢する、という事。

我慢する事でなんらかの益が得られるなら、進んで行えばいい。

でも我慢という行為自体に意味はない。

『自分を苦しめるだけの苦行は無益である。』

とブッダも言ってた。



少なくとも自分の経験上、自分と合わない環境に無理して居残る必要はないと強く思う。

個人的には、新しい環境に移った方が結果うまくいく事が多かった。楽しい事も多かった。

一般的な状況として、そう簡単にいかないケースも多々あると思うけれど。

ただ、逃げる投げ出すという選択肢(権利)は常に持っておいていいと思う。


もちろん、自分は我慢はできる。一応、体育会系の環境で育ってるし、自分と合わない写真の世界で10年以上やってきたし。


ただ、我慢しませんという言動は、

なぜかこの国では

『自由でいいですね』『アーティストですね』

と皮肉まじりに揶揄される事が多い。



我慢を美徳とする精神に、個人的に異論はない。

ただ他人の忍耐美徳を押し付けられると、自分には関係ないですと言いたくなっちゃう。





























だってシンドイだけやもん。ワシ、知りまへんがな。



自分にとって何が大事で何が大事でないか。

見極められたら、不要なものは捨てた方がいい。

その方が楽やし。

重荷を抱える事は、シンドイだけやもん。